「次、バレー部」

  ピッ!

(ダダダダダダッ)

『新入生のみなさん、こんにちはー☆バレー部です!私たちは・・・』

「すごいねバレー部。熱気が伝わってくるよ」
「あの赤いジャージがとてもステキねvv夕菜もきっと似合うわ、ねぇもえ?」
「うん♪夕菜は熱血スポ根って感じだもん」

『私たちの熱い想いをレシーブしてくれたそこのあなた!私たちと一緒にバレーへの情熱をアタックしませんか?!初心者大歓迎で・・』

ピィーーーーーッ!

(キャーバタバタッ・・・)

「以上をもちまして、新入生のための部活紹介を終了いたします。最後に生徒会から連絡です。今年も我が生徒会本部では新メンバーを募集しております。興味がありましたら・・・」










 学校にもだいぶ慣れてきたある5月の半ば、七星学園では入学式の次のイベント、部活仮入部の期間がやってきた。期間は約一週間。この間に一年生は様々な部活を自由に見学し、体験することができる。私たちもどの部に入ろうか色々と考えているところ。

「二人はもう決めたの?」
「もちろん!あたしは陸上部。入学する時から決めてたから」
「もえはどう?」
「ん〜さっきの紹介で悩んじゃうなぁ。でもきっと文化部かな」
「あ!もえ、藤代くんだよ。藤代くーん!」

 夕菜の言葉にドキッとする。見ると大勢の生徒の団体のちょっと前、綾人くんが歩いていた。夕菜の声に気付き、眠そうに振り返る。

「お・・・中谷と古西と・・・」
「若月だよ!ほらもえ、そんな所じゃダメだって」
「う、うんっ」とドキドキしながら夕菜に背中を押され、綾人くんの隣を歩く。
「藤代くんは・・・気になる部活あった?」
「まぁ、一応。若月は?」
「うーん・・・いっぱいあって・・・あ!でも見学してみようかなぁってのはいくつか決まってるけど」

 うぅー。お友達宣言をして一ヶ月以上も経つのに、いまだに緊張して上手くしゃべれない。でもでもっ、あれ以来まったく話してないわけじゃないの!「おはよう」とか「また明日ね」とか「藤代くん」とか・・・か、会話になってない。

「(もえ、気合だよ!)藤代くん、運動神経バツグンだから運動部でも大丈夫だよ。ね〜もえ?」
「(もえ、頑張って)藤代くんだったら吹奏楽部とか美術部でもステキだと思うわ。ね、もえ?」
「う、うん!藤代くんは何やってもかっこい・・・」
「おいお前ら!そんなに藤代藤代って、オレには興味なしかよ」
「あ、ごめん。長谷川いたんだっけ?」
「なぁーかぁーたぁーにぃー」
「長谷川くんはもう決めたのかしら?」
「さすが古西!よくぞ聞いてくれた。オレはもちろん・・・」

 その時、夕菜の「あ、チャイム鳴った」の一言でみんなは教室へと急いだ。結局、長谷川くんが何部に入ろうとしているのかはわからずじまい。










「あーダメ。全っ然日本語になってない」
「英語5限目だよね。糖子はここどうやって訳した?」
「私もそこは自信ないけれど、だぶんこうじゃないかしら?」

 お弁当を食べ終わってちょうど眠くなってくる昼休み。私たちは次の英語に備えてテキストを和訳していた。英語は毎回一人一回は必ず当てられるから、いつもドキドキ。あぁ、簡単なとこが当たりますように!

「あーあー藤代くんだったらさ、きっとささっと訳せちゃうんだろーなぁ」
「そうねぇ。でも私と夕菜は藤代くんとお友達じゃないから・・・」
「だよねぇ。まさか宿題教えてほしいってのはちょっと言いづらいよね〜・・・」
「私から言えば・・・いいのかな?」
「さっすがもえ!あ、ちょうど藤代くんが帰ってきたよ。藤代くーん!」

 二人の策略とはわかっていても、それは私のためにしてくれていること(だよね?)。はぁ、早く二人の力を借りなくても綾人くんと自然に話せるようにならなくちゃ。
 夕菜の呼びかけでなんとかお願いすることができ、さっそく教えてもらおうとしたその時、突然、「若月さん、お友達が呼んでるよ」といわれ、私は廊下に行くことになった。おかしいな、私、他のクラスに友達なんていないのに。廊下に出ると、知らない女の子が4人いる。なんだかちょっと怖い感じの人たちだな。私に何の用だろう?

「あの、私が若月もえですけど何か用ですか?」
「若月もえ。いい?一度しか言わないからよく聞きなさいよ。これ以上、藤代綾人に近づかないこと。いいわね?」
「えっ」
「さもないと、うふふ、あなたとんでもないことになるわよ。話はこれだけ、じゃあ」

 それだけ言い残して彼女たちは去ってしまった。え、今のなんだったんだろう。綾人くんに近づくなとか言ってたけど・・・とんでもないことって何?なんだか嫌な予感がする。

「もえ!どうしたの?」
「さきほどの女の子たちはもえのお友達なの?」
「んー・・・なんか向こうの勘違いだったみたい!なんでもないよ」
「そうそう、今日藤代くん(と長谷川)と5人で部活見学することになったから♪」
「どこを見て回ろうか、今から楽しみね」
「あははっ。そうだね・・・」

 まぁ、よくわからないけど今のことは忘れようっと。でもこれから先、何も起こらないといいけど・・・。










 翌朝、私は昨日言われたことがどうも気になってしまっていた。学校へ行く途中の夕菜と糖子の会話も、私は上の空。そもそもあの人たちってどこの誰なんだろう?やっぱりこのこと、誰かに相談したほうがいいのかな。でも、今のところ何も起こってないわけだから大丈夫
かな。下手に心配させちゃ悪いし。あ、でもオキョウとレンくらいには言っておくべきかな。
 学校に着き、いつも通りに下駄箱を開けた私は、あまりのにおいのきつさに思わず(というか勢いよく)・・・閉めた。ここで勘違いしないでほしいのは、私の足が臭いということではない。どうして、え、なんで上履きがあのにおい・・・?

「何、上履きはかないの?」とナイスタイミングで夕菜。
「う、うーん・・・はなかいっていうより(はけないよね、これ)」
「あーもしかして・・・ラブレター入ってたとか?!」
「まぁ、もえったらvv藤代くんがいるっていうのに」
「そんなんじゃないって!」
「まぁまぁ隠したって無駄よ。どれどれ・・・うっ!」

 夕菜が下駄箱を開けた途端、例のにおいが少なくとも3人の周辺には漂った。2人が無言になる。たぶん大丈夫だと思うけど、2人はあらぬ想像をしてないよね・・・?

「もえ・・・これは一体・・・」
「さ、さぁ・・・私にも何が何だか」
「とにかく・・・事務室へ行ってスリッパを借りましょ」

 下駄箱を封印しようと思ったその時、絶妙なタイミングで、たぶんこの時一番このことを知られたくない人物が昇降口にご到着なさった。

「おはよ」
「「「お、おはよう藤代くん」」」
「・・・なんか、3人しておかし・・・」
「そんなことないよっ!」とすごい反応で夕菜。
「ちょっと立ち話をしてて・・・今から教室へ行くところなの」糖子の愛らしい微笑みがいつもより崩れている。
「そうか、ならいいけど・・・あ、若月」
「な、何?!」と思わず声が裏返る。

 「お前・・・」と言って綾人くんが私に近づく。え、な、まさかこの下駄箱のこと?!だって綾人くん、私の周りのにおいかいで眉間にしわ寄せてるもん!やばい、どうしよう!・・・でも綾人くんと距離が近いvvちょっと嬉い・・・って違っ!今はそんなこと言ってる場合じゃない!

「お前、今朝らっきょう食べただろ?」
「・・・・・・!!」
「ちゃんと歯、磨けよな」

 そう言って彼は行ってしまった。と、とりあえずはなんとか凌げたのかな。危なかった〜、もしあそこで下駄箱を開けられてたらと思う
ともう学校に来れない。

「なんとかバレずにすんだね・・・よかった〜」
「じゃあ私たちも事務室へ行きましょう。今日一日このらっきょう臭い上履きで過ごすわけにはいかないわ」
「そうだよね・・・」

 私の上履き一体どうしたんだろう?昨日帰る時は正常だったのに。もしかして・・・いや、でも悪い方には考えたくないけど・・・これって、例のどんでもないことの幕開けなのかもしれない。ってことは!とんでもないことはまだ続くってこと?!そんなっ、冗談じゃない!










 悲しいことにも、私の嫌な予感は的中した。その日を境に、最低一日一回は私物が異臭を発していた。しかもどれも一般市民に受け入れられないにおいばかり。納豆なんてまだかわいいものだった。一番勘弁してほしかったのはクサヤと猫除けの薬のにおい。あれはもうクラスのみんなに土下座して謝りたいくらいだった。そんなこんなでかれこれ5日目になる。

「お、若月。今日はカレーだな!」
「ねぇ長谷川。今ここで死にたいの?」
「それにしても・・・一体いつまで続くのかしら?この嫌がらせ」
「若月はさー、心当たりないの?」
「心当たりは・・・」

 一斉にみんなの視線が私に集まる。うーん、やっぱりもうこれ以上は隠し切れないのかなぁ。言うべきか・・・でも言うにしてもどうやって説明すればいい?ありのまま言われたことを伝える?少なくとも綾人くんがいる時は無理。今ちょうどいないから・・・やっぱり今言うしかないか!

「実は・・・あるっちゃあるんだけど・・・」
「えぇー?!何でもっと早く言ってくれなかったのよ!で、このいじめにしちゃ地味な手口だけど、においという形で本人プラス周りの人間にさえ精神的ダメージを与えるやつは一体誰?!」
「それが・・・私の知らない人たちで・・・」

 やっと言い出そうとしたのに、「若月さん、お友達が呼んでるよ」の一声で事の真相を明かす話は一時中断された。お友達って・・・まさかあの人たち?!うわぁ・・・行きたくないなぁ。でも名札見てクラスと名前くらいはチェックしないと!
 私は廊下に出て、呼び出した相手を見た。・・・やっぱり、あの時の4人組みだ。私はわざと毅然とした態度をとる。

「あの、一体何の用ですか?」
「ふふっ、毎日楽しいでしょう?昨日は除光液、今日はカレー、明日は何かしらね〜」とリーダー格の女の子がいやらしく微笑む。
「(やっぱり!犯人はこの人たちだったのね)いい加減にしてもらえますか?私に言いたいことがあれば、はっきり言えばいいじゃない。こんな地味で汚いことしなくったって言えるはずよ・・・!」
「言ったはずだけど?藤代綾人に近づくなって」
「わざわざ忠告までしてあげたのにぃ。あなたっておバカちゃんねーvv」
「あんたがそれでも彼と仲良くしてるからいけないんだよ」

 他の3人がゆっくりと私を囲み始める。きっと他の人の目に触れないようにしてるんだわ。でも、暴力はできないはず。廊下には他にも生徒がいるし・・・た、たぶん。

「そろそろあきらめたほうが身のためね。これ以上近づくと次は・・・においだけじゃ済まないわよ」
「(こ、怖っ・・・)い、いつまでも続けられると思ったら大間違いなんだからっ。そのうち・・・」
「あら、そのうちなぁに?」
「藤代くんが助けてくれるってわけ?」
「きゃーvv白馬の王子様じゃあるまいし」
「ばかばかしいね、そんなの」
「若月っ」
「?!」(一同)

 私を呼んだのは事の原因・綾人くんだった。なぜ私が4人組みに囲まれて、しかも穏やかならぬ雰囲気なのかといった表情。綾人くんの登場に4人組みは逃げるようにしてその場を去った。私はほっとして力なく作り笑顔をする。

「びっくりしちゃった。いきなり呼ばれたから」
「今のは?」
「え、あーうん・・・ちょっと私に用があったみたい」
「へぇ・・・相手4人に囲まれて話すことってどんなことだか」

 うっ、さすが綾人くん。でも綾人くんにだけは知られたくない。嫌がらせの原因が綾人くんだなんて、絶対言えない。ここは何とかごまかさないと!

「ところで、私に用?」
「あ・・・あぁ。今日一緒に帰らないか?」
「へっ?」
「孝一郎さんに用があって・・・それとも何か予定ある?」

 うそぉーーーっvvやったやったぁー!お友達になって約一ヶ月、やっと初☆一緒に下校だぁvvもちろん答えは・・・

「ううん、何もないよ。一緒に・・・か、帰ろう!」
「じゃあ、オレ今日掃除当番だから先に教室で待ってて」
「うん☆」

 きゃぁーーーっvvどうしようすっごく嬉しい!!今からドキドキしちゃう。あ〜もう午後の授業は頭に入らないな。でもここのところ変な嫌がらせ続きで気分がふさいでたもんね。ホント嬉しいvv

「もえーあ、藤代くんも一緒?もう授業始まるよ」
「はぁい☆」










 放課後、私は掃除から帰ってくる綾人くんを教室で待っていた。気分はるんるん♪・・・と言いたいとこだけど、実はそうでもない。あの後色々と考えてみたら、だんだんと不安になってきていた。もし一緒に帰ることを知ったらあの4人、どうするつもりなんだろう。においよりもひどい嫌がらせって何?物を隠したりとか、体育着をカッターで切り裂くとか?クラスで集団無視・・・これはさすがにないかな。あの4人と同じクラスじゃないし。
 窓の外ではサッカー部がパス練習をしていた。夕菜はもう練習に行ったのかな?夕菜、糖子・・・もう、これ以上隠し通すことはできないのかもしれない。学校ではオキョウとレンは助けられない。となると、やっぱりここは友達を頼るべきなのかな。でも、余計な心配かけたくない。

「もえ、どうしたのよ。ぼ〜っと窓の外なんか見ちゃって」
「藤代くんを待ってるのね」
「うん。二人は?」
「あたしは陸部、糖子は新体操部の仮入部だよ」
「私たち、もう行っちゃうけど・・・もえ大丈夫?」

 一瞬、今考えていたこと不安を二人に話そうかどうか迷ったけど、結局それは胸の奥に押し込んだ。別に二人を信用してないってわけじゃない。ただ、今はなんとなく平気なふりをしていたかった。

「大丈ー夫!なんたって、藤代くんがいるんだもんvv」

 二人が教室を去り、私はまた一人になった。考えてもしょうがない。変な嫌がらせされ続けるのと綾人くんと仲良くできないの、絶対に後者のが耐えられない!いざとなったら正面から戦うわ!・・・勝てそうにもないけど。

「若月さんいますか?」
「あ、はい。私ですけど」
「藤代くんが呼んでるって」
「え、どこで?」
「大講堂だよ」


                       ☆★☆


「若月?」

 掃除が終わり、綾人は教室へ戻ってきていた。ここで待っていると約束した若月もえの姿が見当たらない。

「藤代じゃーん!まだ残ってたのか?」
「・・・長谷川か」
「なんだよその”んだよお前か”みたいな態度。そーいえば若月と帰るんだろ?」
「そうなんだけど・・・お前、見なかった?」
「いんや。何で?若月いないのか?」

 長谷川じゃ当てにならないと思った綾人は他の人を探す。それに対してふくれて「なんだよー!知らないもんは知らないっつーの!」と喚く長谷川。しかし教室にはこいつしかいない。あきらめた綾人に長谷川が案を述べる。

「なぁ、ひょっとしたら先に帰ったんじゃね?」
「まさか」
「いや〜わからんよ?すっごい急用ができたとか」
「けど、かばん置いて帰らないだろ」

 しばらく待ってはみたが、一向に来る気配がない。綾人はもえのかばんを持って立ち上がった。

「おい、どこ行くんだ?」
「若月ん家。ひょっとしたらいるかもしれないし・・・それに、かばん届けないと」


☆★☆


 綾人がモンパルシェに向かっているとは露知らず、お騒がせガーディアンズはもえの帰りを今か今かと待っていた。

「もえ、元気になってくれるかしら?」
「大丈夫、きっと元気になるよ」

 カランカラン(鳴)♪

「「(来たっ!!)」」
「すいません、もえさんいま・・・」
「お帰りなさぁーい!も・えvv」とオキョウが抱きつく。
「な?!ちょ、やめっ・・・」
「もう、照れちゃってvvよしよし♪レン、ぱぁす!!」と綾人はレンの方に飛ばされる。
「かわいい僕らのプリンセスvvお帰りなさい」とレンが綾人をお姫様抱っこ。
「おい、ちょ、離せ!」
「もえ、そんなに暴れると・・・ちゅーしちゃうよ?」
「?!!!!!」
「レン、最後のアレいくわよ!」

 いきなり二人はくるくると回りだし、お馴染みのポーズをとる。綾人はもう何がどうしてしまったのかわからずにいた。

「「お帰りなさいプリンセス☆あなたの帰りをお待ちしておりました!我らが愛しのプリンセス・も・・・えぇーーーーっ?!!!!」」

 今までのことがすごいテンポの速さで進んできたとは言え、気付くの遅すぎだろ、と綾人は思わずにはいられなかった。当の二人はショックのあまりか言葉が出ないらしい。一体何をやろうとしていたのだろうか。オキョウはパーティー用のとんがり帽子に赤ぶちメガネをかけ、鼻はピエロの付け鼻。レンはスパンコールのシルクハットに鼻メガネ(ひげ付き)をしていた。

「お前ら、よっぽど暇なんだな」
「「な、なんで藤代綾人がここに?!」」
「若月は?」
「もえならまだですわよ・・・はっ、まさか、もえに成りすまし、私たちを油断させて攻撃するつもりだったのね?!なんて恐ろしいのかしら!!」
「なるほど、この前のことをまだ根に持っていたんだね。しかしもえに成りすまして僕らを欺くなんて・・・」

 「もえに成りすまして」なんかいないのに、あくまでも自分たちのミスを認めない二人。もえが帰ってないと聞き、綾人の心に不安が広がる。その時、誰かが店に入ってきた。

「やっぱり藤代くんだ。ねぇ、若月さんと会えた?」
「若月と・・・?何の話」
「あれ?待ち合わせしてたよね。私、隣のクラスの子に”藤代くんが大講堂で若月さんを待ってる”って伝えてほしいって言われたのよ」
「・・・今何て」
「大講堂で。まだ若月さん待ってるかも・・・じゃあ、それだけ伝えたかっただけだから。またね」

 女の子は店を出て行った。綾人はもえのかばんをオキョウに押し付け、走って店を出で行った。

「・・・何だったのかしら?藤代綾人」
「もえに何かあったのかもしれない。僕らもい・・・」

 ズキッ

 突然、痛みが二人を襲う。オキョウは胸元を、レンは左の首筋を押さえる。二人の顔が険しくなる。

「オキョウ」
「ええ、もえが危ないわ!」

 二人はエプロンを脱ぎ、急いで綾人の後を追った。










 綾人くんが心配して家まで行ったとは知らず、というか今は知るどころじゃない。呼び出されて向かった先にいたのは綾人くんではなかった。

「本当にわからない人ね、あなたって。あれだけ忠告してあげたのに。こんな手荒な真似はしたくなかったけど・・・さぁ、やっておしまい!」

 その言葉を合図に、体格の良い男子生徒が二人現れる。私は抵抗する間もなく、掃除用具入れに閉じ込められた。

「ちょっと、何するの開けて!」無駄とわかりつつ扉を叩く。
「フン、いい気味じゃない」
「そこでじーーーっくり反省しなさいvv」
「扉が開かないようにしとかないと」

 用具入れの前に何かが置かれた。おそらく会議用テーブルだろう。私は怖くなってとにかく大声を出し続けた。

「そんなに私のことが気に入らないの?!こんなことして、あなたたちのことだって近いうちにバレるんだから!」
「うるさいわねぇ。あなたが藤代綾人と帰る約束なんてするからこんなことになるのよ。恨むなら自分を恨みなさい」
「藤代くんのことが・・・好きなら好きって、ちゃんとそういう風に言えばいいじゃないっ。直接本人に、言えばいいじゃない!」
「その中、牛乳臭いでしょう?うふふ、だって汚い雑巾に牛乳をたっぷり染み込ませたのを入れたんですもの」
「そうやって前向きに努力もしないで裏でこんな汚いことするなんて・・・そんなのだから藤代くんと仲良くなれないのよっ」

 最後の言葉は一言多かった。相手は相当頭にきたらしく、男子生徒に用具入れを思いっきり蹴るように命じた。暗闇の中、私はそれに必死に耐えるので精一杯だった。本当は怖くて怖くて今にも泣き出しそう。

「私たちもそんなに暇じゃないの。これで失礼するわ・・・まぁ、運が良ければ明日の朝には見つけてもらえるかもね。大講堂の用具入れに閉じ込められたことを感謝しなさい!」

 彼女たちが遠ざかっていくのがわかる。待って、ここから出して!誰か、誰か助けて・・・綾人くん・・・オキョウ、レン・・・おじいちゃん・・・!!

「お願い、誰か助けて!」

 もしこの世にヒーローや救世主がいるなら、今まさに助けてほしい。でもそんな人はいるわけもなく。あきらめかけたその時、突然誰かが私の口を手で覆う。驚きのあまり、体も動かないし声も出ない。いや、いくら大講堂の掃除用具入れは他のよりも多少大きいけど、まさか私の他に人が入っていたなんて!・・・まって、人じゃなかったらどうしようっ!!!

「愛の脱出大作戦vv」

 背後からバラのいい香りがほわんと香る。今まで雑巾牛乳臭いにおいしかしなかったから気付かなかったんだ。私は見知らぬ誰かさん(?)に抱き寄せられた。そして次の瞬間、誰かさんが思い切り扉をけ、蹴破ったぁ?!目の中に光が入ってくる。用具入れの異変に気付いた4人組みと男子生徒たちが近づいて来る。

「何なの、一体どうしたっていうの?!」
「あの娘が?冗談でしょ」
「でもっ・・・扉が開いちゃってるよ!」
「待って、もう一人誰かいるよ」

 明るい所に出て、初めてそのバラの君を目にする。すらっとした姿、髪は軽くウェーブがかっていて、全体的に色素が薄い。肌が透けるようにきれい。白皙の美少年とはまさに彼のことである。まるでどこかの王子様みたい・・・。

「ふぅ、あの中に入ってるのも結構楽じゃない」
「あなた・・・いつから入ってたの?!」と驚きを隠せないリーダー格。
「ハニーが入る前から」
「今のことを全て見ていたということね・・・」
「今のことだけじゃないさ。言葉通り”全て”見てたよ」
「あんた一体誰なわけ?」

 バラの君の口元が歪む。なんだろう、この余裕は。まるで誰に向かってそんなこと聞いてるんだか、といった感じ。彼は囁くように答える。

「神宮 咲人」

 辺りに沈黙が流れる。しかし数秒後には笑い声が上がり始めた。リーダー格を除いて。

「えー誰それ知らないよぉ!ねぇ知ってる?」
「カミヤ サキト、どこのホスト?」
「こんなやつ、さっさと片付けよ。ねぇ・・・どうしたの?」
「(神宮 咲人・・・どこかで聞いたような・・・)え、ええ」
「いっけぇー!こてんぱんにやっちゃえ☆」
「(神宮 咲人・・・はっ、まさか)ちょっと待っ・・・」

 女子生徒の指示で男子生徒が二人、彼を囲む。ど、どうしよう、誰か呼んでこないと!

「ずいぶんと物騒だねぇ。ハニーには刺激が強すぎる。ちょっとこれを預かっててくれないかな」
「きゃあっ」

 バラの君が脱いだ上着が視界を覆う。私がどけようともがき、やっとどけた時には事は全て終わっていた。体格の良い二人の男子はこてんぱんにやられていた。一体、あのすらっとした体のどこにそんな力があるのか。彼がシャツの袖口をまくった時、見覚えのある腕時計が目に入った。あれは確か・・・この前までうちにいた・・・!

「う、うそでしょっ」4人がたじろぐ。
「僕はガールズを殴るつもりはないよ。さて、君らは確か・・・吹奏楽部に仮入部していたね。僕は部長の音原くんとはちょっとした知り合いでねぇ・・・言いたいこと、わかるだろ?」
「そんなのはったりだわ!こうなったら他の男子に手伝ってもらって・・・ちょ、先からどうしたのよっ」

 リーダー・乙女がうろたえている。自分が誰にけんかを売っていたのかがわかったのだろう。以前の得意な高慢な態度は見られない。

「何バカなこと言ってるの・・・?!いいから早く逃げるわよっ。”神宮 咲人”、私たち相手が悪かったわ!」

 4人組みは床でのびている男子生徒をひきずりながら逃げ去っていった。私は何がなんだかわからないまま、その場に立ち尽くしていた。はっと我に返った時、バラの君こと”神宮 咲人”が近づいてくる。なぜか私はゆっくりと後退していた。助けてくれたのは感謝してるけど・・・でも、この人一体・・・!それに気付いたのか、彼は意味深な笑みを浮かべてゆっくり距離をつめる。

「あ、あなた・・・何者なの?」

 一難去って、また一難。果たしてバラの君は救世主なのか。それとも第二の災いなのか・・・。