「じゃあいくよ?いっせーの、せっ!」
三人同時に机の上にテストを広げる。前の時間に返されたばかりの数学のテストだ。
「すごい夕菜!95点?!」
「さすが夕菜ね、うらやましいわ」
「うーん、でも喜んでもいられなくてね・・・ほら見て、古典のテスト」
中間テストも無事に終わり、もえたちは返却されるテストに毎日ドキドキだった。高校生になって初めてのテストである。
「私さ、どーも答えがはっきり出ないのって苦手みたいで」
「でも何か一つ得意なものがあると、強みになるわね」
「糖子は全科目80点以上じゃん。それだってすごいことだよ。で、もえはどーだったの?」
「まぁ、とりあえずなんとかってとこかな」と苦笑いをして見せる。一応どの科目も平均はいったけど、糖子みたいに80点以上ばかりではない。次は苦手なものはもっと勉強しなきゃ!
「そういえば、今回のテストのクラス順位、藤代くんは2番ですって」
「へぇーさすが藤代くん。もえ、わからないとこ教えてもらったら?」
三人は綾人の方を見た。しかし当の本人はお昼寝タイムを満喫していた。寝顔が見えないのが残念である。
「きっとテスト明けで疲れているのね」
「さて、テストも終わったことだし・・・それじゃあ!イベントに備えますかね」
「そうね、なんたって明後日は」
「遠足♪だもんね!」
三人はにこっと笑った。そう、明後日は一年生の遠足日♪初めて学校の外へ出てクラスのみんなと行動できる。行き先は”緑の森の大きな美術館”。ここからバスで一時間くらいだという。そこへ行って館内を見学し、森の中でお弁当を食べるというプラン。
「ステキな思い出になるといいね♪」
放課後、もえたち生徒会メンバーは横一列になり、資料のホチキス止めを流れ作業で行っていた。人員不足ということで綾人も駆り出されている。
「雅紀、3ページ目の資料足りないからコピー」
「へいよー」
「はぁ・・・何だってんで遠足のしおり作りを生徒会が手伝わなくちゃいけないんだ。おかげで来週の生徒総会の資料を今頃作ることになるなんて!」
遠足のしおり作りを手伝わされた生徒会は、本来ならば昨日までに仕上げるはずだった生徒総会の資料作りを延ばされたことに不満たらたらだった。と言っても、主に咲人だが。
「まったく、うちは雑用会じゃないんだ。しおりなんて学級委員に全部やらせればいいじゃないか」
「まぁそう怒るなよ。明後日なんだろ?遠足」
「確か”緑の森の大きな美術館”よね。去年私たちも行ったわ」
「どんな所なんですか?私、初めて行くんです」
「珍しい作品が多かったわ・・・そういえば、今は”光を灯して”が展示されてるんじゃなかったかしら」
玲沙によると”光を灯して”は最近話題の名画だという。その作品を大好きな人と見ると、いつまでも相手のことを大切に想っていられるというジンクスがあるようだ。何だかロマンチックな話だなぁ。私は・・・で、できれば、綾人くんと・・・
「きゃ!カ、カミィさん?!」
「そうそう、そこで弁当食べて見学するんだろ?去年とまったく同じだな」
「でもそれなりに楽しめるはずよ。緑は色鮮やかで森は静かだし、空気もきれい」
完成した資料の山がだんだんと高くなってきた。あと小一時間も頑張れば全て終わるだろう。私は遠足への期待を膨らませ・・・と言いたいとこだが、今はそれどころではなかった。
「綾は楽しみ?遠足」
「それなりに」
「オレが生徒会代表で付いていってやろうか?」
「結構。どうせ雅紀は授業サボりたいだけだろう?」
「・・・咲、どうでもいいけど、オレと若月の腰に手ェまわすのやめろ」
「会長、お願いですから仕事して下さい」
その日の夜、もえは明後日の遠足に備えて準備していた。みんなで作ったしおりをチェックしていく。
「えーっと、お弁当は当日入れるでしょ、おやつはバッチリ買ったし・・・あ、一応雨具入れなきゃね」
「何やってるのかしら?も・えvv」
「きゃあ!」
突然のオキョウの出現に、動揺するもえ。遠足の物一式をかばんの中にしまう。実はここだけの話、オキョウとレンには内緒にしてるんだよね、遠足のこと。だって、あの二人にしゃべったらどうなることか!絶対、付いてくるに決まってる・・・どんな手を使ってでも。
「あら、荷造りなんかしちゃって・・・どこかおでかけかしら?」
「え、まぁ・・・あ!明日の学校の準備だよ。明日の授業はちょっと特別なの」
「ふーん・・・」
な、何、その半分納得してませんよ的な”ふーん・・・”は。しかもしきりにかばんの方見てるし。何とかしてこの場を乗り切らないと。とりあえず話題を変えよう!
「そ、そういえば、レンは?」
「レンならおじいちゃんとお話してるわ・・・あら、噂をすれば」
レンはいつものイケメンスマイルで部屋に入ってきた。二人ともレンの方を見ているので、レンがきょとんとする。
「僕がどうかした?」
「な、なんでもないよ」
「そうだ、もうお風呂沸いたから入れるよ♪」
「そう、じゃあ入っちゃおうかな」
何とか話題が変わった。このまま逃げてしまえばこっちのもんだわ!もえはパジャマセットを持って部屋を出ようとしたが、レンに呼び止められる。
「そういえば・・・おじいちゃんから伝言だよ。”明後日のお弁当は何がいいですか?”だって」
「ひっ!」
「なんで明日じゃなくて明後日のこと聞くんだろうねぇ・・・もえ?」
「さっきのかばんと何か関係があるのかしら・・・もえ?」
「(やばい!感づかれたか?!)さ、さぁ?」緊張のあまり声が裏返る。
事態は最悪な展開を迎えようとしていた。背後に腹黒いお兄さんとお姉さんがいる。二人はそっと、しかし毒を含んだ声で耳元で囁く。
「隠し事はなしだって、約束したよね・・・プリンセス?」
「それともあれは嘘だったのかしら・・・プリンセス?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お風呂っ!」
もえは脱兎のごとく走り出し、すごい勢いで階段を駆け降りていく。目指すはお風呂場!捕まってたまるもんですか!!
「レン!私たちも行くわよっ」
「もちろん!ちゃんとパジャマセット持参でねっ」
”二人とも目がマジだった”と、後日もえは怯えながらそう証言した。きっとこの日の若月家のバスタイムは穏やかではなかったに違いない。その時、孝一郎はこう言った。
「おやおや、みなさん元気ですね♪」
☆★☆
遠足前日の夜、もえは荷物の最終確認をしていた。ラッキーなことに部屋にはもえしかいない。
だが逆にそのことが引っかかる。
「・・・あの二人、おじいちゃんと何やってるんだろう」
昨日は何とか遠足のことを隠し通した・・・は、いいが、不思議なことにそれ以来何も聞いてこないし、絡んでもこない。まるで昨日のことがなかったかのように、二人とも気持ち悪いくらい普通だった。
「何か怪しい・・・あの二人が追求してこないなんて、ありえない」
いつもならこの時間帯は三人でわいわいしゃべっているはずだ。
しかし今日は違う、もえ一人である。おまけに二人は何やら怪しい紙を見てはぶつくさ言いながら、時折おじいちゃんに聞きながら、何かを覚えている。本当に、気持ち悪いくらい今日の二人は大人しい。
「絶対何かある!・・・おじいちゃんにこっそり聞いてみようかな」
もえが下に行こうとした時、二人が部屋に入ってきた。もえは慌てて荷物を隠す。
「ど、どうしたの二人とも」
「もえ、僕らはちょっとやることあるから先に寝ててくれないかな」
「え?」
「夜更かしはお肌の大敵よ?もえ」
私は何か言おうとしたが、二人に遮られた。美男美女に両脇を挟まれ、お休みのちゅーをされる。ますます怪しい!こっそり見に行っちゃおうかなーって思ったけど、明日に備えて寝ることにした。遠足のこと、何も言ってないんだもん、二人が知ってるわけがない。
それでも少しの不安は残るが、私はそう自分に言い聞かせてベッドに入った。
いよいよ遠足当日。もえは学内の駐車場に止まっているバスの方へ歩いて行く。”5”のステッカーが貼られたバスを探し、乗り込む。無意識に彼を、綾人くんを探している自分が恥ずかしいかも。そんな時、後方から明るい声が聞こえてくる。
「もえー!こっちこっち」
「夕菜、糖子、おはよう☆」
二人はバスの一番後ろの座席に座っていた。なるほど、ここなら三人でも座れるもんね。頑張ればあと二人はいけそう。二人はさっと脇に除けて、真ん中にもえを座らせた。
「ごめんねもえ、本当は藤代くんの近くにって思ったんだけど・・・」
「藤代くん、私たちよりも早く来てたみたいで・・・私が着いた時にはもう周りに人がいて・・・」
「何言ってるの!そんなの全然気にしてないよ?私は夕菜と糖子と一緒に座れるだけでも嬉しいんだから♪」
三人でにこっと笑い合う。まさか二人がそこまで気を使ってくれていたとは・・・本当にいい子たちなんだな、二人とも。
私はさり気なく綾人くんの方を見た。バスの中間あたりの窓側にいる。隣には長谷川くんが、周りには男子と・・・女子も少々。
そういえば今日はまだしてないな、あいさつ。
担任の美和先生が入ってきた。学級委員に点呼の指示をしている。私は美和先生を見てはっと思い出した。今朝、確認してこなかったけど・・・まさか、まさか・・・!!
「絶対ダメ!!」
もえはバスの中を走って出口に向かったが、ちょうど入ってきたバスガイドさんとぶつかってしまった。
謝るよりも先に、もえは彼女の姿を確認し、続けて運転手にも視線を走らせた。
・・・よかった、普通のバスガイドさんと運転手さんだ!
バスガイドさんに謝って、私は今来た通路を戻る。
どうやらあの二人は本当に来てないみたいね。よかったぁーもうバスガイドさん=オキョウ、運転手さん=レンだったらどうしようかと思っちゃったよー。・・・でも今朝は二人の姿を見ていない。まだ安心するのは早いのかな・・・?
「みなさん、もうすぐ出発なので座席について下さいね」と美和先生。
☆★☆
「私、これ見たいなー”レモン畑のメロン”。糖子は?」
「私は”ミルフィーユ・ゴブリン”がいいわ。もえは何が見たいの?」
「うーん、私は・・・」
窓側のせいか、綾人くんの姿が見えない。でも通路側の長谷川くんの様子からすると、何か二人で話しているみたいだった。綾人くん、何を話しているんだろう?
「あっ・・・・・・」
反対側にいる女の子たちが、何やら綾人くんと長谷川くんに話しかけているのが見えた。すると一人の子がお菓子を差し出し、長谷川くんは食べた。綾人くんは・・・た、食べちゃった。
「綾人くん・・・・・・」
「もえ?”綾人くん”なんて作品どこに載ってるの?」
「うふふ、恋煩いねvvもえ」
バスに揺られること約一時間。もえたちは目的地に着いた。小道を進んで行くと、その先にはたくさんの花が咲いている大きな庭があった。その奥にメルヘンチックな建物が見える。きっとあれが美術館なのだろう。
「とてもかわいらしい建物ね」
「中は結構広そうだし」
列に続いて建物の中へと入っていく。先に入ったクラスの生徒たちで中は賑わっていた
。天井は高く、中央がガラス張りになっている。美術館独特の何とも言えない香りが漂う。うーん、この感じ、モンパルシェと一緒♪
全ての生徒が入るまで、しばらく広い入り口で待機することになった。
そして全員が揃っているのを確かめたところで、学年主任の先生が指示を出す。しばらくそれを聞き流して、館長さんのお話が始まった。
「七星学園のみなさん、”緑の森の大きな美術館”にようこそ。今日はゆっくりと心ゆくまで見学して行って下さいね」
うわぁー優しそうなおじいちゃんって感じの人だなぁ。
うちのおじいちゃんと人種が一緒だvv・・・おじいちゃんも館長さんやればいいのに。
”ステキな街の小さな骨董品館・モンパルシェ”、館長・若月 孝一郎、とか。
「みなさん、午前中はガイドの方と一緒にクラスごとに見学します。その後お昼休憩をして、午後は自由見学ということにしますので、集合時間は・・・」と先生たちがまた指示を出す。
「どんな人かしらね、私たちのガイドさん」
「ステキな人だといいな♪」
1組から順番にガイドが紹介されていく。1クラス一人といったところだ。
いよいよ5組の番がきた。一体、どんな人なんだろう?
「5組のガイドはこのお二人です」
「みなさーん、はじめまして☆本日5組のガイドを務めさせていただきます、金目鯛 リョウコ(キンメダイ リョウコ)とvv」(美女の微笑みvv)
「御茶葉 レンタロウ(オチャッパ レンタロウ)ですvv不束者ですが、どうぞよろしくお願いします☆」(イケメンスマイル☆)
「?!!!!!」
「あら、うちのクラスはガイドさん二人なんですね」
「ええ、そうなんですよ。何でも5組には二人とも思い入れがあるらしくて。本人たちたっての希望なんです」
―――――何の思い入れだよっ!!!
5組だけでなく、他のクラスも騒ぎ出した。
・・・まぁ、その騒ぐ理由は人それぞれだろうけど。
例えば「二人が美男美女だから」とか、「あ、あの人たち入学式の時の・・・」とか、5組の生徒は9割方「あ・・・若月さんの捕虜の人たちだ・・・」と思っているに違いない。
「あれ、あの人たちって確かもえの・・・」
「捕虜じゃないからね?!」
「オキョウさんとレンさんね」
「あの人たち、ここで働いてたんだ。もえは知ってたの?」
―――――予想外デシタ。
私は綾人くんの方を見た。すると彼は二人にまったく興味なしといった様子だった。
さすが綾人くん、賢いよ、それ。もう私もできることならあの壷の中に入りたいもん。
「せっかくですから、5組は特別に二手に分かれて見学してもらいましょう。一方はリョウコさんに、もう一方はレンタロウさんにお任せします」
「まぁ!それはステキな案ですわ館長さん。私たちもはりきってガイドさせていただきますわvv」
「きっとみなさんとステキな時間を過ごせますね♪」
「みなさん、こちらの正面にある絵が”レモン畑のメロン”です」
太陽が燦々と降り注ぐ中、レモンの木の根元にひとつ転がるメロン。
ずば抜けた美術センスがないからわからないけど、この一見なんてことない絵も、実はすごい作品なのだろう。
女の子たちは口々に「わぁ、ステキvv」だとか「うっとりしちゃうvv」だとか言っているけど、それは果たしてこの名画に向けられた言葉なのだろうか。私が思うに、それは異世界から来た芸術作品に向けられたものだろう。
「それにしても、すごい人気だね〜レンタロウさん」
「そだね」
それもそのはず。気品ある端正な顔立ち、どこか異世界を漂わすその謎めいた瞳は、見る者を魅了する。
スラッと伸びた手足や身体を、上品な服が包み込む。一般的な乙女なら、誰もが心を奪われる。まさに美男。
「楽しんでいらっしゃいますか?お嬢様」
「アラ、ハジメマシテ」
「プリンセス・・・・・・心がこもってないよ」
「私、御茶葉レンタロウさんなんて知らないわ」
女の子の列、最後尾にいた私のところに、レンタロウさんが近づいてきた。
他の乙女たちは、しきりに前方の何もない壁を見ている。これは一体・・・。
「ちょっとした魔法♪あまり長く持たないけど。じゃないと落ち着いて話せそうにないからね」
「私は話すことなんて何もないけど?」
「じゃあおしゃべりしよう、もえvv・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかったよ、質問ならどうぞ」
「何でここにいるの?!私、二人には遠足のことなんて言ってないのに!・・・ひょっとして、二人してこそこそ嗅ぎまわってたの?だとしたら最低!」
そう考えるとつじつまが合う。前日の夜、二人しておじいちゃんと何かしていたことも、やけに大人しかったことも。
恐らく館内の作品について勉強でもしていたのだろう。そう、こうしてガイドとして私の邪魔をするために!
「確かに、もう何も隠し事はしないって言ったよ?けど、全てにおいて言わなくちゃいけないの?プライバシーってものはないわけ?」
「ごめんよもえ、本当に、申し訳ないと思ってる。でも・・・」
「”私のことが心配だったから”とでも言うんだ。じゃあ一つだけ良いこと教えてあげる!二人のせいで、うちのクラスだけ男子と女子が別々に見学してるのっ」
「それはつまり・・・」
「綾人くんと一緒じゃないってこと!」
「あー!若月さんずるいっ」
その一言は二人に「魔法が解けた」ということを教えるものだった。
さっきまで壁に猛烈な熱視線を向けていた乙女たちが、みんなして二人を見つめている。
もえは我に返り、改めて自分が勢い余ってレンに詰め寄っていることに気付く。この光景が、乙女たちには羨ましく映るのだろう。
「失礼致しました、お嬢さん方。それでは、あちらのオブジェをご覧下さい」
レンタロウさんは軽くウィンクして、最前列に戻っていった。
「もえ、レンさんと何話してたの?」
「あまり穏やかには見えなかったけど・・・」
「うん、ちょっとした・・・文句をね」
一方、同じ頃、こちらでも似たような現象が起こっていた。
「こちらに見えますのが、”お江戸喧嘩番長”でございますわvv」
「喧嘩上等!」と言わんばかりの迫力、鋭い目つきは見る者を射抜く。
そんな名画を、この世の人とは思えぬほどの美女が愛らしく紹介する。
その美女はまつげが長く、ほっそりとした腕や脚、品のある女性らしい体つきに、ふわりとエキゾチックな香りを漂わせた巻き毛の持ち主だ。
世間一般的に男子と言われる者なら、誰もが彼女の虜になるだろう。
「リョーコさん・・・すげぇキレイだなぁvvな、藤代・・・って、お!こっち見てる?!」
「ごきげんようvv可愛らしいジェントルマンさん。ちょっとよろしいかしら・・・そこの美少年さん?」
「悔しいけど、どうやらオレじゃないみたいだな。それじゃあ、どうぞごゆっくり♪」
他の生徒が好き勝手見学している中、リョーコことオキョウと綾人の二人は向き合う形で立っていた。
綾人は視線を逸らしたまま質問する。
「で、オレに何の用ですか。金目鯛リョーコさん」
「あらずいぶんと冷たいのね、藤代綾人。まぁいいわ・・・ところで、もえはどうしたのかしら?」
「さぁな」
そっけない態度に、オキョウはむっとした。
どうしてもえのことなのに、そんなあからさまに「興味がありません」みたいな態度ができるのか。
まったくもって信じられない。
「さぁなって・・・藤代綾人のくせに生意気ですわよ!」
「それ、わけわかんねーよ」
「もっと真面目に答えなさい。いい?どうしてもえと一緒じゃないのかしら?!」
「じゃあ聞くけど」と、その時やっと綾人と目が合った。
その目は少し眠たそうだったけど、お江戸喧嘩番長ほどじゃないけど、なぜか迫力があった。
「何でオレと若月が一緒にいなきゃいけないんだよ?」
彼女がその言葉を理解したのかどうかは不明だ。しかし、一つだけ言えることがある。
彼女は近くにあった闘牛の石像を持ち上げている。
「ふぅーーじぃーーしぃーーろぉーーあーーやぁーーとぉーー」
まさに地獄から這い上がってきた鬼のような声が響き渡る。美女には到底似合わない。
「自分の愚かすぎた発言を悔やめばいいわ!もえに対して・・・許せない、覚悟なさいっ!!」
「ちょ、リョーコさん?!落ち着いてっ・・・逃げろ藤代!」
「こえー女・・・」
「逃がさなくってよ?!この銀鱈のオキョウ、主の敵とあらばどこまでも!地獄の果てまでも!這いずり回ってでも捕まえるわよっ!!」
「とりあえず、その頭上にある物を元の位置に戻しましょうよ、ね?!」
「えーい!お離しなさいっ!!」
この後、5組の男子とそこを通りかかった6組の生徒に抑えられ、何とか事が治まったことを、もえは後々知った。
「緑がとってもキレイ・・・本当に、ここに来れてよかったわ」
「そうだね・・・ホント、別世界って感じ」
「・・・二人とも、何か探してるの?」
ランチタイムが終わり、午後の見学時間が近づいていた。今度はクラスに関係なく、自由行動になる。
外でお弁当を食べていた3人は、館の入口へと足を運んでいた。しかし、夕菜と糖子の様子が普通じゃない。しきりにきょろきょろしている。
「んー・・・藤代くん、いないなぁって思って」
「午前中も結局男子と女子で別々だったから、ね、夕菜」
「そうそう、午後こそは!ってね、糖子」
「糖子・・・夕菜・・・」
金目鯛リョーコさんと御茶葉レンタロウさんの件で、すっかり落ち込んでいたもえの、久しぶりの笑顔。
本当に、いつもこの二人には助けられてばかり・・・どっかの誰かさんとはえらい違いだ。
「よし!もえの笑顔が戻ったことだし、はりきって藤代くんを探・・・あーーーっ!いたいたっ」
夕菜の視線の先には、綾人と長谷川がいた。長谷川が綾人を引っ張りながらこちらに向かってくる。
昼寝でもしていたのだろうか、綾人はまだ眠そう様子だ。
「ねぇねぇ、藤代くん来たよ!自由行動、誘ってみようよっ」
「えぇ〜でも・・・なんか恥ずかしいvvけど、今がチャンスだよね!」
「(やばい!他の子に先を越されるっ)ねぇーーっ!藤代くーん!!」
速っ!大声で叫びながら、夕菜が二人に向かって走っていった。
さすがは陸上部、まさに韋駄天走りとはこのこと。隣で糖子がのん気に「まぁ、夕菜ったらvv」と微笑む。
3人の中で話がついたのだろう、夕菜がOKサインを送りながら近づいてくる。
「ったく、中谷は強引なんだよ。向かってくるなり『一緒に見学しよう!するよね?!はい決定っ!』ってよ」
「しょーがないでしょ。こっちは食うか食われるかの瀬戸際だったんだから」
「二人ともごめんなさい。でも、長谷川くんと藤代くんと一緒に見学できて、私、とっても嬉しいわvv」
「まーそこまで言われちゃ断れないよなー、藤代?」
「(食うか食われるか?)・・・断る理由もないだろ」
すごい。夕菜のスタートダッシュでとりあえず先手を打ち、後のフォローは糖子がする。
これじゃあ誰が綾人くんに恋してるのかわからない。私はただただ圧倒されるばかり。
☆★☆
「いいもえ?”光を灯して”に近づいたら、私と糖子で長谷川を足止めするから。もえはその隙に藤代くんと見に行くの」
「う、うんっ」
「私たちができるのはそこまで。あとはもえ次第、頑張ってね」
「が、頑張るっ!」
計画通り、だった。二人は半ば強引に長谷川を違う場所へ連れていき、もえと綾人はその場に取り残された。
まぁ、わざとらしいっちゃわざとらしいけど。
「何だ、あいつら」
「さ、さぁ・・・」
しばらく沈黙が流れる。正直、気まずい。
「若月、何か見たいのある?」
「(き、きたっ!)えっと・・・じゃあ”光を灯して”なんてどう?」
二人してその絵の方へ歩いていく。その間も特に何を話すこともなく、ただ目的地へと足を運ぶ。
なんでだろう、今日はいつも以上に綾人くんが遠く感じる。
こうして二人で並んで歩いているのに、いつもよりも近くにいるはずなのに。
そんなことを考えているうちに、広い空間に出た。天井の硝子から、午後のやわらかい光が降り注いでいる。
そこにお目当ての作品があった・・・が、何か様子がおかしい。
いや、何というか、全体的に、あからさまに、余計なものがある。
「・・・・・・・・・・・・何やってるの?」
「・・・あんたら、本っ当に暇なんだな」
絵画の両脇に「我こそが芸術!」と言わんばかりの決めポーズで立っている二人。
そう、金目鯛リョーコと御茶葉レンタロウ。
そして二人の中央にある作品は、肌触りが良さそうな、滑らかな布で隠されている。
片割れの美男がパチンと指を鳴らすと、どこからともなくファンファーレが鳴り響く。
「真実の愛〜永遠の愛〜誓うわ今、この場で〜♪」
「巡り会ったのは〜偶然じゃなくて〜”二人の運命”そう信じてもいいかい〜♪」
「あなたと出会った瞬間から〜始まっていたロマンス〜今も胸焦がす夢の世界〜♪」
「もう誰にも〜止められない〜二人の愛のストーリー〜♪」
「あなたに振り回されたい〜私〜♪」
「きみに惑わされたい〜僕〜♪」
「「二人の愛の〜強さ〜♪」」
変な歌が終わった。一瞬でも「へぇ、美男美女は歌も上手なんだぁ」って思った自分に腹が立つ。
「何して・・・何がしたいの?」
「聞いたわよ、もえ。この絵にはとあるジンクスがあるってことvv」
「そして二人がここへ来ることも、聞いたよ」
だいたいはわかった。しかし、二人にしちゃ珍しい。
いつもなら邪魔ばかりする二人が、今は、そう今だけ協力的だ。
一体、どういう風の吹き回しだろう。それとも何か裏があるのかな・・・素直に喜べないなんて、悲しい。
「主の勝負所はガーディアンの勝負所!」
「それでは、作品をご覧あれ☆」
二人が光沢のある布に手を掛ける。私は少し、いや、この瞬間、かなり期待していた。
オキョウとレンがいるけれど、あの絵を綾人くんと本当に二人で見ることができるなんて。
嬉しくて、どきどきする。しかし、何かが部屋に響き渡る。それは、布が取られるのとほぼ同時だった。
「きゃあああああーーーーーーっ☆★☆藤代せんぱぁいっvvv」
次の瞬間、私は綾人くんにおもいっきりぶつかり、床に倒れる。
間一髪のところでオキョウとレンが抱きとめてくれたから、何とか怪我をしなくてすんだ。
しかし、綾人くんはそうはいかなかったようで、床に倒れこんでいた。
私が入学式の時に、綾人くんに倒れこんでしまった時のように。突っ込んできた女の子と一緒に。
「いっ・・・」
「やっぱり藤代先輩だぁvvあれ、あれって・・・ぁあああーーーっ!先輩見て下さいっ!あれって”光を灯して”じゃないですかぁーーーっ!!きゃあーーーっ☆藤代先輩とこれ見れるなんて、超感激ぃーーーvvv」
「ひかり・・・わかったから、上からどいてくれ」
ひかり。綾人くんの口から出された名前は、私の胸を刺した。
二人がどんな関係なのかもわからない、けど、ショックだった。名前で呼ぶってことは、少なくとも私よりも仲がいい。
考えたくないけど、こんな気持ちになりたくないけど、綾人くんとの間にいくつもの壁ができた気がした。
私は、何も言うことができなかった。